年若いインテリゲント

 年若いインテリゲントが、自分がインテリゲントであることに充分な誇りを感じることが出来る限り、彼が或る意味に於ける文筆[#「文筆」に傍点]の仕事を志すのが自然である。彼はブルジョア的な経営や管理・支配の事務を賤み、まして労働者的な筋肉労働を侮る。技術や官僚生活さえが彼の高踏的なインテリゲンツを満足させない。残るものは自由な文筆の仕事の外にないと考えられる。一頃圧倒的に存在した文学青年[#「文学青年」に傍点]は、当時こういうインテリゲントの代表者だったのである。――だが、こういう高踏的インテリゲンツが存在出来る余裕範囲は、元来之を産んだものであった処の資本が今日の荒々しいギャロップを始めるや否や、次第に狭められて来たことは誰でも知っている事実である。この時、多少とも頭の進んだ、又は眼先の利いた、青年インテリゲントは、もはや自分が単純な文筆業者としては経済的にも延びて行けないことを覚らざるを得なくなる。今や、文筆業者はもはや高踏的な存在ではなくて、出版資本のための労働力売渡し人にしか過ぎないことを、切実に感ぜずにはいられなくなる。自分の立場が、こうやって資本の内へ編制されて行くのを自覚することは併し、取りも直さず文筆の――云わば精神的な――仕事を、たとい当人は夫に無意識的であるにせよ、出版資本の内部構造[#「内部構造」に傍点]へまで結び付けることになる。ではどう結び付けるか。 文筆労働は今や、資本主義の線に沿うて云えばより高級な、従って又より資本家的な、文筆技術にまで、即ち編集労働[#「編集労働」に傍点]にまで転化されるのである。曾ての文筆業者は、単なる文筆労働者であることが経済的に従って又精神的に不利であるのを自覚して、文筆労働貴族として、編集[#「編集」に傍点]に従事するのを望む。之によって彼等は或いは出版業者の事実上の顧問乃至店員として、或いは自分自身出版業者として、又出版計画の売込人として、出版資本の内部に潜り込むのである。そこまで行かないで依然として単純なる文筆業者として止まる者でも、その生産品を予め編集労働の対象となれるような一種の加工品として生産することを忘れはしない。文筆業者はその生産品を売り込めるような形態で生産しなければならない。――文筆[#「文筆」に傍点]を支配するものは編集[#「編集」に傍点]である。

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