編集労働の特色

 処が編集労働の特色は、第一に、その生産品たる編集物が、一つの作品又は論文というような夫々の特性に基く内容価値の所有者ではなくて、これ等の特性ある内容価値を平均するような輪郭的な価値(夫は例えば目次に現われる)と物的効果に基く外部価値(例えば装釘とか組み方)との所有者だということである。と云うのは、この生産品に於ては、個々の文章の内部価値は、全く輪郭的なもの例えば題と人名とによって置き代えられ、題と人名との結合がそして編集物の特有な価値である報道価値[#「報道価値」に傍点]を生産するのである。報道価値の所有者が交換価値を有つことによって産まれるものが広告価値[#「広告価値」に傍点]なのであるが、この広告価値は云うまでもなく物的感覚による効果に基かなくてはならない。こういう価値物を生産することが編集労働の第一の特色なのである。――編集労働の第二の特色は、その労働価値がただ一回の労働の内に横たわるのではなくて、持続的な労働系列という形式的な過程の内に初めて横たわるという点にある。編集労働の価値はその週期性[#「週期性」に傍点]に依存することを注意すべきだ。 さてこういう編集労働の形態は単行本[#「単行本」に傍点]に於てよりも雑誌[#「雑誌」に傍点]に於て著しい。そしてそれが最も徹底した純粋な場合がとりも直さず新聞の編集なのである。第一に新聞が持つ報道価値乃至は広告価値は、個々の記事の殆んど凡てを匿名にする程個々の記事の内容的[#「内容的」に傍点]文筆価値を止揚して、輪郭的な編集価値を高揚するのであり、又第二に新聞は、定期刊行物の内、最も著しい――細かい――週期性を有つものである(粗大な週期はもはや週期ではない)。――かくて単なる文筆から編集にまで興味を進めて来た今日の若いインテリゲントにとって、新聞が興味の中心の位置を占めるようになって来たのは、だから甚だ必然的なのである。―― この必然性は、そしてアカデミー的学芸に対するジャーナリズムの優勢――之も亦資本が他の格子戸を通った屈折光なのだが――によって益々促進されて今日に至っている。新聞と同じに、同じイデオロギーの機関である大学も亦資本主義的に拡大した。それにも拘らず、インテリゲントは興味の眼を大学から新聞にまで転向しつつある。だから新聞が今日インテリゲントの興味を惹くようになったのは、人々が単純に信じるように新聞の社会的存在が大きくなったからではない。

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