ソヴェート同盟の哲学

 ではソヴェート同盟の哲学は今後どういう形態で展開して行くだろうか。恐らくは新しく獲得され具体化された方針に従って、より方法的により組織的に、そして――之が大事である――より容易に[#「より容易に」に傍点]、哲学的諸問題を解決し又発見して行くだろう。夫は資本主義国のブルジョア哲学が解き得なかった問題を解いて行くことが出来るだろう。 だが吾々はソヴェート哲学の将来に於いて、好奇心から興味を有つべきではない。吾々にとって主体的[#「主体的」に傍点]な課題は、吾々の哲学がどうならねばならぬかである。ソヴェート哲学は国際的プロレタリアの哲学である。吾々の歴史的社会的に必然的な部署に沿うて如何に之を主体化するかに、吾々は思いをめぐらさねばならない。そうしなければマルクス主義哲学は、唯物弁証法の哲学は、死んだドグマとなるだろう。そこでソヴェート同盟の哲学は、仮にまだ充分に諸問題を占有してはいないにしても、吾々にとって至極尊重すべき模範とならないだろうか。[#ここから2字下げ]この文章は友人某氏による材料に基く点が少なくない。[#ここで字下げ終わり][#改ページ][#1字下げ]一四 哲学の話[#「一四 哲学の話」は中見出し][#3字下げ]一[#「一」は小見出し]

 哲学というものを早く理解するには「哲学概論」という名のつく入門書を読めば良いと、世間では考えているようである。なる程その通りで、入門書として理想的な哲学概論がもしあるなら、之を読むのが一等好いだろう。 だが、不幸にして理想的な入門書としての哲学概論は事実存在しないし、又或る意味では存在出来ない。多少信頼するに足りるような客観的な立場から書いたものには、特色が最も欠けているし(桑木厳翼博士『哲学概論』の如き)、又最も特色のある独自の体系を述べたものには、偏狭なものが非常に多い(紀平正美博士『哲学概論』の如き)。それから、独自な体系に基いて而も客観的な立場に立つような哲学の叙述はもはや哲学概論というような入門書に止まることは出来ずに、一種の本格的な研究書にならざるを得ない(田辺元博士――「哲学通論」――岩波講座『哲学』の内――の如き)。元来哲学概論は哲学史の要約であり改編であって、その限り哲学自身の自己研究なのだが、実をいうとそういう研究は入門書には盛り切れないのである。

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