哲学の個々の内容

 だから哲学の個々の内容を具体的に而も相当一般的に知るための、何よりもの入門書は、本来は哲学史自身だとさえ云わねばならぬ。 私は併し今ここで哲学史の要約というような、極めて重大な仕事を企てようとは考えない。私は寧ろ哲学のごく形式的な諸要点に就いて、単に私見を述べてみたいと思うだけだ。それは、案外その方が、哲学入門として役立つかも知れないと思うからである。所謂哲学概論や哲学史やの教科書は一種の辞引として参考書の役には立つが、それだけでは必ずしも哲学の精神や手口を伝えるものではないだろう。 人間は哲学をどういう動機から持つようになったか、又は、どういう動機から哲学者が生じたか。ギリシアの哲学者自身がこの動機を驚異に置いたことはよく知られている。驚異は、人間の実際生活の利害関係から離れて事物そのものが有態に有っている価値を玩味することである。空の星も人間の道徳も、驚異に値いすればこそ、哲学的に研究される動機を有つのだと考えられる。――だがよく考えて見ると、本当に吾々人間の実際生活に現実的な関係のない事物は、元来吾々人間の注意を惹くことは出来ないだろうから、驚異と云っても本当は利害関係と独立なのではない。却って、その利害関係があまりにも普遍的で凡ゆる場合に浸潤している結果、とり立てて特に利害として意識されないような利害が、「驚異」の対象として選ばれるに過ぎないのである。 星や太陽の運行や変化は、沙漠の旅や航海や耕作生活にとって、一時として忽せに出来ないものであるからこそ、人間に不可思議感をも催させるわけであり、又之と全く同じことが、道徳感に就いてならばもっとハッキリと言えるだろう。ただこうしたものは、あまりに普遍的で凡ゆる場合に浸み渡った利害であるために、この利害を確実に打算するためには、却って部分的にしか影響しないような特殊な「利害」は之を超克しなければならないわけで、そこに実際的な――実践的な――生活から一応離れたように見える哲学的理論の世界が出現すると考えられるようになるのである。

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