すっかり心が軽くなっていた

 この際、こんな風に金を借りられることもなにか気持が良かった。「ああ」軽く答えて、俸給袋を取りだしながら、すっかり心が軽くなっていた豹一は柄にもない冗談をふと言ってみたくなった。「あのね、土門さん。お貸ししますがね。この前の借金はあれはもう何年ぐらいあとでかえしていただけますか?」 土門の手に金を渡しながら、そんな拙い冗談を言った。思い掛けない豹一のそんな冗談に土門は瞬間あっという顔を見せたが、さすがに、「じゃあ、とにかく内金を入れて置こう。さあ、二円かえしたよ。帳面から引いといてくれ給え」今豹一から受け取ったばかしの金を、再び豹一にかえした。「ところで、その金で飯を食おうじゃないか」「食いましょう」豹一はさすがは土門だと、げらげら笑いながら、言った。 支那料理屋を出ると、あたりはすっかり黄昏の色だった。豹一はそのまま土門と別れて帰るのが惜しいというより、ひとりになって孤独な気持のなかに閉じこもるのが怖かった。「どうです? 活動でもみませんか?」豹一は土門を誘った。「よし来た」 千日前へ出た。活動小屋の看板を見あげて歩きながら、土門は片っ端から演し物をこきおろした。弥生座の前まで来ると、土門は、「東銀子どうしたか、君知ってるか?」と、訊いた。 知らないと答えると、土門は、「失踪したんだ。行方不明なんだ。余り皆んながひどい目に会わせやがったんで、到頭小屋を逃げ出したんだ。悲しいこった。――ところで、このことでいちばん悲観してるのは、いったい誰だと思う?」「北山さんでしょう?」

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