退学直後

 大正三年(一九一四)

   退学直後

 あなたはどんな正月をしましたか。私には色も香もない正月が訪れました。東京から下って来た妹と語る言葉さえ少なく、静粛な平和な初春を迎えました。六日の一夜風の寒い神戸駅から淋《さび》しそうにして妹が立ってからはまた急に淋しくなりました。しかし私は淋しさにはなれてるから、もうその翌朝には、机の上でコトコトと薬の世話をしたり、マントを着て病院へ通ったりしました。病院は松林に囲まれて小高い丘の上の清楚《せいそ》な白塗りの建物です。そこから海岸まで緩《ゆる》やかな傾斜になっていて両側の松林では淡日がさして小鳥などよく啼《な》いています。私は杖を曳いて鳥打ちをかぶってそこを往復します。私はまったくひとりの自分を嬉《うれ》しみ静かな確実な生活をしています。病気はずっとよろしいから悦《よろこ》んで下さい。 学校では相変わらずでしょうね。正夫君はどうしていますか。私にもこの頃は静かな気持ちというものがわかるようになりました。 それから正月号は何日|頃《ごろ》できるでしょうか。できましたら私に五冊ほど送って下さいませんか。それからまことに恐れ入りますが、一冊を小石川日本女子大学校松柏寮内倉田艶子に送って下さいませんか。なにとぞお願いいたします。私は二、三年山ごもりしてからだを養わなければなりません。君らが学士になられるまで、やっと一年の課程を終えたままで、就学できないのはずいぶん淋しいには淋しいが、それくらいなことで屈托してはいけないゆえ、私はしんぼういたします。 あなたの健康について祈る。[#地から2字上げ](久保謙氏宛 大正三年一月十一日。須磨より)

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