病院よ、祝福あれ

 そのうちに彼女は患家に働きに行き二週間ほどになります。そして今日の彼女の手紙を読んで私はまったく安心しました。彼女はいろいろと思い悩んだ末自分の私に対する愛の不純なことを覚り、かつ悔いました。そして恋のエゴイズムと煩悩《ぼんのう》とに気がつき、もっと聖なる愛にて私を愛する心になったとみえます。しかしそこには涙となやみと人工的な努力があきらかに見えています。私はかわゆくてなりません。私は彼女の一すじな恋の仕方を愛しました。全体に私には気に入る多くの点を備えているのです。しかし私は神を畏れ、彼女の運命を傷つけることを怖れて重々しく、大切に、彼女を損わぬように全心を傾けています。 しかしあるいは私のような病弱な者を恋せねばならぬのが彼女の一生の悲しき運命になるのではありますまいか。人間と人間との深き交わりはまったく運命ですからね。私は何事も神の聖旨を待ちます。けっして軽々しいことはしませぬから安心して下さい。それにしても私の病気はどうなるのでしょう。[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 三月六日。広島県病院より)

   病院よ、祝福あれ

 あなたたちは私らからの便りを毎日心持ちに待っていて下さったことと思います。そしてあまり便りがないために不安にもなり、また愛より起こる軽い腹立たしさを感じなすったことと存じます。兄妹はこの一週間がほどは宿を探すために心あわただしくてしみじみと手紙を書く時を持ちませんでした。私らはその間に二度宿を移しました。そしてやっと今の宿におちつくことができました。なにとぞ私らの怠慢を許して下さいまし。 病院を出る時には物悲しい思いをいたしました。癒らないで出るかなしさを人々に慰められるのがいっそう苦しゅうございました。私は百三十幾日の間親しみたる人々に別れを乞いに行く時にはセンチメンタルになってしまいました。そして「幸福に暮らして下さいねえ」とだれにもかれにも申しました。

— posted by id at 01:36 pm  

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