天使的要求と性の要求

 天使的要求と性の要求とのドウアリスムスのための悩みに私は平安を失っています。そして私のこの頃の思索は「いかにしてこの両者を同時に肯定すべきか」という問題に集注しているのです。聖書の創世記には神はアダムとエバを創りてこれをよしと見給いきと録してあります。神の創り給いしものが、神の聖旨のままに連るならばそのよきものでなければなりません。私は創られたるままを肯定するように考えるまでは、私の思索が間違ってるのではあるまいかと思います。そしていかにかして神の前に性を肯定せんものと考えるようになりそれが尊い謙遜な道と思うようになりました。私はこれからそのために思いを凝らしたいと考えます。聖書のなかの「雅歌」には女の肉体をどんなに美しくたとえ、とうとく讚美してありましょう。私もその黒髪や美しい眸をめでずにはいられません。そして創り主の前で、その被造物として女と並んで立ちたいと思います。それにはいかにすべきか、私はそれを考えねばなりません。けれど私はどのようにしても愛と知恵との天使的なるあこがれが性と相容れないものならば、いさぎよく女性にさようならを告げて勇猛心を起こして天に昇らねばならぬとの覚悟はいたしているのです。愛はあくまでも真理であることは疑いません。この愛に背くものはいかなるものといえども悪しきものとして私は斥けてもいいと存じます。純なる愛の動機にもとらずにどのようにして性を私の生活にとり入れたらいいものかを考えたいのです。私はまことに恥ずかしながら謙さんなどよりもこの問題により多く苦しまなければならないような性格の者なのです。私はしじゅうこれまでこのために苦しんできました。私の生活の乱れるのは多くの場合このためなのでした。私はあなたたちことには謙さんの前にしばしばこのような卑しい言葉を書かねばならぬのを恥じますけれど、私がそのようなものなのですから、許していただかねばなりません。私は謙さんは珍しき静かな、調和した、上品な人間だと思います。そして尊敬せずにはいられません。私はこの秋にでも上京してあなたたちと朝夕往復するようになれば、さぞあなたたちは私の粗野な部分に触れて失望なさるだろうと思い、それを恐れる気もいたします。なにとぞ私に多くを期待せずに愛して下さいまし。私ぐらい生活を乱しがちな弱い者はありますまい。手紙でもあなたたちはいつでも忙しい身でもじきに返事を下さるのに、私はいつも遊んでいながら、このように御無沙汰をいたします。これと申しますのも私の生活がじきに乱れて心がおちつくことが少ないからです。なにとぞ気を悪しくして下さいますな。

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